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ソルフェージュなちっちゃい男

幼い頃からピアノやヴァイオリンなのどの
習い事をしていた方、或いは音楽学校に入
ることを目標にしてる方はご存知でしょう
が、音楽には"ソルフェージュ"なるものが
ありまして。和訳すると「楽典」つまり
音楽理論…もっと分かりやすく言えば、音
を聴いて譜面にする作業でございます。

昨年の7月、この部屋に越してきて、まぁ~
お金が無いというのが一番の理由なんだけ
ど、暇さえあれば耳に入ってくる音を譜面
にして遊んでいたの。A4のコピー用紙に五
線譜を引き、CDを聴きながらサビの部分を
譜面に書き写したり、テレビのCMや自作の
即興デタラメソングなども譜面にしており
ました。

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暇つぶしの遊びと言いましたが、本当の理
由は、若い頃身につけた技術が(そんな大
袈裟なことではないけど)このトシになると
自然と忘れてしまっているような一種の強
迫観念にかられるような気持ちになるのね。
「オレだってまだ捨てたもんじゃない」的な。

最近になって、ようやく自分を冷静という
か俯瞰的に考えれるようになって思ったん
だけどね、譜面作成作業はもっと別の理由、
心の闇のようなものじゃないかと思うよう
になったの。

最愛の女性に捨てられ、たまたまそのとき
彼女の母親から新しい彼氏の情報を沢山聞
かされたのね。それと同時に彼女自身から
も彼氏の自慢をされるというまさに地獄の
ようなことがあったの。

だから無意識の内にその彼氏への対抗心と
いうか「オレはこんなことも出来るぜ」
みたいなハッタリが強かったと思うのだわ。
何一つとっても自分は彼氏に勝るものなど
ないし、かといってアッサリとそれを認め
るのも癪に触る…そんな気持ちだったのか
なぁ~と、今になればそう思うのだわ。

彼氏の長所は真面目で優しい人、仕事に
熱心で若くして家まで持っている…そんな
人間が生きていく上で最も必要なものを
兼ね備えてるいるのに対し、音楽を聴いて
譜面に写せるのがなんの対抗意識なのか
甚だ疑問だけどさ、自分的には精一杯の
悪あがきなんだろうなぁ…
ホント「バカにつける薬」だわ。

自分は勝手に生涯彼女を愛し続ける。
大切なことは彼女が幸せであることを
陰ながら願い続ける、以上。
そんな気持ちになれた今、おかしな対抗
意識もなくなり写譜作業もなくなりました。


珈琲をちびちび飲みながら
ハンプトン・ホーズの「Vol.3」を聴いて
ぼんやりとしています。

明日の天気が気になるところです。